日誌的なもの

毎日なんかしら書きたいヤツの日誌

ジャーニー

昨日の日記と関連して。音楽自体も、強い回想力がある。ぼくのナンバーワンはジャーニー(アメリカのロックバンド)で、聴けば一瞬で、中学生の試験勉強をしていたシーンが鮮やかに蘇ってくる。

田んぼに囲まれた家で、深夜に、カエルがうるさいからという理由でヘッドホンをして、ジャーニーを聴きながら机に向かっている。夜更かしと音楽というのが変なテンションを生んで、ひとしきり勉強したあとに、なぜか外に出てあぜ道を走った。思春期のアホである。

無名の楽団

オーケストラといえば東京だのウィーンだの、テレビで見かけるようなものしか知らなかったけど、世の中には無名の楽団が沢山あって、腕前もそれぞれである。もちろん。

ゲームミュージックを探していて、とある無名の楽団の演奏を聴かせてもらって、それがあんまり上手くなかった。どちらかと言えば結構下手だったかも知れない。けどそれ自体は問題ない。誰も悪くない。強いて言えば著作権に問題があったかも知れない。許諾を得た録音だったのか、どうなんだ。

演目は好きなゲームの戦闘シーンだった。ストーリー最終盤の盛り上がるやつ。それを聴いて、あんまり上手くないオーケストラ演奏を聴いたのは初めてだな、と思った。それから、これはアカンやつだなと。

思い入れのあるシーンというのは、得てしてゲーム体験の感動に留まらず、生活の状況だったり、当時のプレイの周辺をまるごとぶわっと思い起こす。おそらく、多くの人が。もしそれが素晴らしい演奏であれば、浮かんでくる情景はより鮮やかなものとなって胸に迫ってくる。で、この演奏はというと……。

ゲームミュージックで野良の演奏を聴くのはリスクがある。もしかしたら、演奏する方も。

でも人によっては、案外微笑ましく聴けるみたいなのがあると思う。そういう人間になりたかったよね。おおらかな感じの。

あとゲームによるなと今思った。マリオみたいな楽しいやつならセーフであろう。

なかなか

会話をしているときに、自分は自分の立場で言葉を受け止める。その時に、周囲の人たちの立場も慮れるというのが、コミュニケーションがうまいということなんだろうけど、なかなか難しいよな。

ただ、もし自分が自分のことで精一杯なら、相手もそうなのかもしれない。と思えば、少し救いがある気がする。

無限に

さいころは鍵っ子だったこともあって、休みとなれば図書館に入り浸って過ごしていた。いまは何をしてるかというと、ひたすらごろ寝しており、こんな状態でも無限に電書を買えたりSwitchで遊べたりインターネットできたりする。いい時代になった。子どもたちはどっか行った。

ウワ〜

ドラゴンズドグマたのしい。カプコン版スカイリムですね。弓大好き人間なのでレンジャーになった。血がどばっと出たりするので、子供たちはウワ〜っていいながら見ている。

休みに入っても、いろんなタイミングで同僚たちのことを考えてしまう。今までになく。単独行動を取りがちな自分にしては、最近の仕事仲間との関わり方はかなり深い感じがして、そのせいもあるのかもしれない。これでもし気の置けない間柄であったらと思うとぞっとしない。いい人たちに恵まれて本当に助かってるなあ。採用ってほんと人柄を見ないといけない。あとは、自分がひとの休日(の脳内)に参上していないといいけど。

昔はエネルギーがあった

ボチボチ趣味活動でも再開したいと思いつつ、ゲームしてしまう。楽で。物語を書いたり音楽を作ったりするのは、結構本気を出す必要があって、楽な方に倒れてしまう。創作っぽい活動は元気な時にやるものなんだろうな。昔はエネルギーがあった……。ただまぁ、やるなら音楽の方が楽かもしれない。キーボード叩けば音が出るから。や、そんなことないな。キーボード叩けば文字打てるわ。

たぶん、とにかく始めちゃって、流れを作ってしまえばスイスイいけるんだろうと思う。ゴールデンウィークが終わる頃に、なにかできてるといいけど、はたして。

おまえはおれか

長年Adobeに(ときどきイライラさせられつつも)めちゃくちゃお世話になっておきながら、ブログを初めて読んだんですが、めちゃくちゃいいことが書いてあった。

「私はこの場にふわさしくない」にはドキリとした。おまえはおれか。ついこの間似たようなことを書いた

幸せで健全なペテン師になる方法を学んだ

これなんてやばい。「もう割り切ってエラそうに言うしかない」みたいに思ってやっているけど、これ完全にペテン師の思考じゃ。ええんかそれで。ええのんか。

社会との繋がり方こそが重要だよな。世の中にいいことをやっている。子供に自慢できる。自分たちはそういう会社だと自信を持って言える。そうでなければ採用を担当することなんてできないと思う。採用の現場で、まさに自分はこういうことを話しているはず。たぶん。

あれ、つまりおれって結構いいこと言ってるということじゃないの。もしかすると。

驚きの白さ

授業参観に行ってきた。新一年生らしく、教室の壁に自己紹介の紙が一面に張り出されていて、みんな工夫して色を塗ったりしているなか、案の定うちのソラくんのは驚きの白さで、素朴すぎて逆に目立っていた。先生ハゲてたけどめちゃめちゃいい人そうな感じ。他クラスの偵察に行った妻によれば、よそはお通夜、ハゲのクラスが断トツで盛り上がっていたとのこと。

あらかじめドグマ

Switchのドラゴンズドグマ、あらかじめDLでゲット。4/25から遊べる。

ec.nintendo.com

今頃は子供たちが「またお父さんゲーム買ってるよ」とか言ってるはず。こういうオープンワールド系冒険ゲームが本当に好きで、任天堂のハードではあんまり遊べなかったのが、Switchになってどんどん増えてきてめちゃめちゃ嬉しい。

リンクする何か

今、テキストに一番興味を持っているかもしれない。タイポグラフィって感じじゃなくて、文章とその周辺、というか。

端的さ。リズム感。あえてそのことについては書かないけど、読み手には伝わる感じ。物語を語るようにデザインできたら、さぞ美しかろう。テキストとデザインがリンクする何かを見出せないものか。

大丈夫ですか

知人友人たち、みんな偉くなっててすごい。やばいよ。取り締まり的なことをしてたり、大学講師になってたりするなか、めっちゃ現場のおれ。いいのか。大丈夫ですか。

言うほど気にしてないけど、まわりがほんとみんな偉いからビビってしまう。まぁいいよ。おれ大工の棟梁とか、そういう感じ目指してるから。たぶん。

しかし講師率がすごい。みんなよくできるよね、絶対無理だわ。自分ができるとしたら、超前向きで、素養もバリバリで、ニュアンスを汲んでくれて、そんで全部で5人くらいの環境だったらやっていけるかもしれないけど、そうでなければイラついて3秒で家に帰ると思う。

落ち着き

難航しすぎて氷山にぶつかっては大破するを繰り返していたデザインが、ようやく沈没しないルートを見出して、落ち着きを取り戻しつつある。自分としては新機軸をちらほらと入れ込むことができたし、解説するとちょっと面白いポイントもあったりして、ボーダーは超えていると思うけど、うまくいくかどうか。はぁ。

しかし毎回のたうち回ってデザインしていて、どうにかならんのか。いい年してまじで。こんなに常に困ってる同年代いるんだろうか。真に才能があればスッといけるものなのか、意外とそうでもないのか。

ときどきふと我に返って、まじめに仕事に向き合っていることに自分で感心することがある。実際のところは、手の抜きどころがわかってないとかそういう感じで、うまいことそのあたりのエネルギーを仕事に持っていけている、みたいなことなんだろうな。おかげで苦労するわけだけど。

ポワポワポワポワ

いいね。令和。ちょっと格好良すぎるかもしれない、でも行き過ぎないくらいの微妙なところを突いてきてると思う。あと、なんだか祝賀ムードなのもいい。昭和の終わりは、うろ覚えながら、とてもそんな雰囲気ではなかった。どちらかといえば世紀末感さえあったかもしれない。子供ながらに、なんかえらいこっちゃやでと思っていたけど、今回はもうすごい。インスタライブだもん。ずっとハートが右下でポワポワポワポワしてて、笑うでしょこんなの。浮つきすぎ。でもこういう方がいい。次からもこういう感じにできるといいと思う。

自信はない

自信の有無に行動が左右される、みたいなことがあると思う。途中で文字を打つ指が止まってしまう。何度もある。でも、できるだけ、そんなふわっとした自己評価に左右されないかたちで思考し、アクションできるといい。

教えを請おうというときに、自信がないと言う人から教えてもらいたくはないけど、逆に自信アリというのもどうかと思う。僕からしたら、その人に自信があるとかないとかは関係なく、良くできるかどうかが重要だから。自分が誰かと仕事をするというときには、良くしたいというピュアな意思を持って取り組みたい。

タイプで分ければ、僕は自信を持てない方に分類されると思う。間違いなく。この間はいい仕事ができた、でも次もいい仕事ができるとは限らないから。自分のスキルは再現性のない蜃気楼のようだと感じる。自信がない。ただ、今までの仕事を評価して頼ってもらえるのは嬉しい。それは自信にはならないけど、信頼につながっていく。事実として信頼関係がある、そういうのいいよなと思う。