日誌的なもの

毎日なんかしら書きたいヤツの日誌

ポケモンユナイトの思い出

ポケモンユナイト、すぐ飽きるかなと思っていたけど細々と続けていて、ソロ(ぼっち)でマスターまで辿り着いたので思い出を残しておく。無課金だから持ち物がイケてなくて、ちからのハチマキだけレベル20になっている。

使用キャラ

キャラは色々と使ってみたけど、最終的には7:3でエースバーンとバリヤード

エースバーン

  • こいつサッカーできるやんと思ったのでメインキャラになった
  • サッカーしたかったのでずっと火炎ボールを選択していた。強化が来て助かった
    • 普通にブレイズキックの方が強いが、ハチを狩る時なんかには複数巻き込める火炎ボールの方が良かったりする
    • そもそもこのキャラはタイマンするとそんなに強くないから、ブレイズキックじゃなくていいわ、みたいなのもある
      • どちらかと言えば強い方に入るが、他にもっと強いキャラがいて、大抵そいつらは相手にいるので、結果的にはそんなにタイマン強くないということになると思う
  • 良いところ
    • 野生を狩るスピードが速い。これに尽きる。カメもサンダーもこいつ一人で倒せる

バリヤード

  • エースバーンを選べない時に、こいつなら絶対選べる枠で採用
  • こいつだけずっとバリア張ってるのが意味わからなくて良かった。立ち止まっている時のパントマイムもいい
  • 良いところ
    • わからない
    • こいつが何をしていると強いのか全くわからないままマスターに上がってしまった
      • ただただバリアを沢山置いて相手の邪魔をしていた
    • 味方にマスター4人、おれだけエキスパートでバリヤードのときがあって、色んな人から「バリヤードの援護!」みたいなメッセージが流れていた
      • めっちゃ介護されてるやんと思って笑いが止まらなかった
      • その試合は負けた

各クラスの思い出

エリートだけ難易度がインフェルノ

ルーキー、スーパー(難易度: イージー

MOBA初体験ということで何も分かってなかった。固まって行動した方が有利だぜたぶん、と開幕で上のレーンに自分含めて4人くらいで突撃して、カメとか死ぬほど硬いやんほっとこみたいな感じで自由にプレイしていたけど、なんかすぐ抜けれた。

ハイパー(難易度: ハード)

相手がある程度パターン化された行動をしてくることに気づいてきて、あ、カメって倒した方がいいんだ? 開幕って別れた方がいいんだ? ということを知ったのがこのクラス。逆に言えば、そのくらいの知識で何とかなっていた。

エリート(難易度: インフェルノ

ここだけ難易度がおかしい。ヘルを通り越してインフェルノ級である。まず、味方と連携できるかどうかがガチャで決まる。それ自体はどのクラスであってもそうなんだけど、そのガチャ運に勝敗を左右されすぎる印象だった。

中央レーンで一番レベルを上げているプレイヤーが一度も集団戦に参加せず、悠々とMVPをとって行くシステムを何度呪ったかわからない。余談だけどMVPは投票で選べるとか、別のアルゴリズムで頑張るとか、何かテコ入れをしてほしい。地雷行動にMVPを与えてしまうと勘違いを正すこともできず、またMVPは景品の一つにもなっているわけで、チームメイトとしても非常に辛い思いをする。

ハイパーへの転落を何度も経験したが、ハイパーに落ちた時は自分が主体的に動くことで一瞬でエリートまで戻ってこれてしまう。そのためにガチャ運に嘆くことになる。おそらくハイパーまでは、チームメイトと連携できなくても自力でどうとでもなるみたいなところがあって、それがこのクラスになると各プレイヤーの地力が上がっているために通用しない。なかなかカメを倒せなくなってきて、倒せないからレベル差がついて、そのまま素直に押し切られるという定番の負け筋を覆せない。

結論としては、カメを気にしすぎるな、味方との連携をある種諦めよ、というのが教訓になる。連携できないとき、カメを倒せない時にも勝ちにもっていくための振る舞いを学ばせてもらった。守られているゴールを破るのは、レベル差があっても結構難しいわけだし、カメの結果に悲観しすぎることはない。最後にゴールで上回っていれば良いので、そのためにできることをやれ、ということである。

カメを倒せずとも、できれば相手のエリアのハチなんかを優先的に倒しながら、めげずに自分のレベルは頑張って上げる。できればサンダー前に優勢のアナウンスが出るくらいにゴールする。ユナイトを準備して死ぬ気でサンダーを倒す。そういう風に意識を変えてから、多少は勝てるようになったと思う。

実際に、中盤で降参するメンバーを出つつも最後には何となく勝利するというゲームが何度もあった。おれは彼らに言いたい。早々に降参するならカメにきてくれ。

成長した今の段階でエリートに再チャレンジしたらスッと勝てるのだろうか。全然自信ない。

エキスパート(難易度: ハード)

上手い人が格段に増えて、素直に連携できるシチュエーションが非常に多く、わりと素直に勝てていた。一度だけ4連敗くらいしてエキスパートの2から1へ落ちたけど、それ以外は2勝1敗くらいのペースでマスターまで行けたはず。エリートが死ぬほど辛すぎた分、相手の上手さを楽しめる余裕もあった。エキスパート帯の皆さん、あなたたちのおかげで心にゆとりを取り戻すことができました。ありがとう。

ここまで思い出しながら書いてみたけど、バリヤードで勝てていた理由は全くわからない。

Indie Live Expoからのウムランギ

週末はIndie Live Expoを半分くらい見て、ウムランギジェネレーションで撮影に精を出していた。

武器を持ち替えるようにレンズ交換して、ポイントアンドシュートでパシャっと撮影。FPSの操作で撮影するのが新感覚で楽しい。考えてみれば、カメラって武器のようなものだ。画面の雰囲気はオシャレゲーここに極まれりという感じであるが、素晴らしいカメラアクションがゲームとしての完成度を何段階も引き上げていると思う。これは賞とりますわ。

異世界LIVE配信ゲーム●LIVE IN DUNGEONも気になる。インディー小説の世界では結構前から異世界に配信の波が押し寄せていたけど、ついにゲームにも登場し始めた。妖怪学園Yでも観客映えという要素があったけど、こういう配信のエッセンスを加えていくのは一つのトレンドになるだろうな。

テニスはソロスポーツだから、サッカーのようにクラブや監督に頼ることはできないし、唯一そうなれる存在である協会/主催者から罰金と警告が来るわけだから、もうどうしようもなく詰んでいるように見える。このような状況でどうやって復帰が可能なんだろうか。辛い……。

絶対評価で考える

自分のスキルや実績などについて、社内の人と相対的に比較して評価する、みたいなことがない。

正確には、振る舞いや技術について参考にすることはあるけど、参考にする以上の何かではない、みたいな言い方が良いかもしれない。

ライバルもロールモデルもない。今までそういうのがあったことがない。でも、いつかこういう仕事ができるようになりたい、といった憧れはある。夢みたいな。

だから、自分の仕事について気にしているのは、その夢との距離、世界との落差、そう言ったものになる。

比較対象がワールドクラスだから、社内の相対で考えるよりも余程しんどいというのはある。実際、真剣に向き合って、一時期デザイナーをやめようとしていたくらいにはしんどい。

でも、一度仕事が世に出て仕舞えばそこは世界なわけだから、世界と自分、そういう比較が良いと思う。自分の関心は常にアウトプットにある。

会社単位で見れば、自分はいい仕事にしようと執着はするし、良い給料も欲しい。が、待遇はなんでもいい。平社員でOK。他人と比較しないから。まぁ現実問題として、ある程度偉くないと良い給料をもらえないであろうから、そういうのはあるが、ポジションに興味があるか無いかでいえば無い。スキルをよりよく生かすためのポジションという話もあるから、こう割り切れるものでもないんだけど。

こういうマインドっぽい話は普段全然出てこないなぁと思っていて、それはそうなんだけど、みんなどういう感じなんだろうか。

チキンレースと化し

表題に【要確認 ○○様】と名指しのメールが届いて、朝からゲンナリした。ただの宣伝メールでやることではない。気を引ければ何でも良いと思っている思考回路が非常にスパムっぽい。仮に結果が出て、あらゆる業者でこんなことをやり始めたら地獄だと思うのだけど、なぜそこに気づけないのか。

不動産屋のチラシも最近大きな変化があって、役所からのお知らせみたいな体で、簡素なそれっぽい封筒で送られてくるようになった。間違いなく人の認知をごまかしたいと思っているわけで、普通に考えると、そういう不動産屋と付き合おうなどとは絶対に思えないと思うけど、このような手法がまかり通っているのが不思議でならない。

みな数字の改善を求めてそのような手法に手を染めるのだろうけど、1ミリもユーザーのためになっていない。どちらかというと社会の害である。ABテストの結果、Bの方がいいじゃん、これでいくぞ、と脳死で決めていく世界の成れの果てか何かなのか。数値を追い求めてチキンレースと化し、最終的には壁に激突して爆発するのだろうな。

そういうことじゃねえんだよ

小説を読んで心を動かされた時、決まって文字ではなく脳裏で再生される映像をみている。感動が深いほど、何度もその映像を再生し直して、噛み締めて味わおうとする。

その時ふと「この映像だけで、果たして同じ感動を得られるか」と自問して、無いなと思う。

この文字の選び方でしか得られなかった表現というものが確かにあって、それは決してビジュアルでは得られない。ビジュアライズとは、エッセンスを抽出して再構成するということ。絵になれば、逆により大きな感動があるかもしれない。でもそれは文章から得たものとはきっと違うもので、映像化不可能とは、つまりそういうことなのではないか。

これ、夜中に思いついたときは、わ〜〜ってテンション上がったんだけど、どうなんだ。そういうことじゃねえんだよみたいな気がする。今。

仕方ない

ゼルダ無双レビューが割れるのわかるな〜。ブレスオブザワイルドの思い出が鮮烈すぎるのが悪い。無双の画面はあまりにもハイラルしていて、それを否応にも思い起こさせてしまうから、プレイして期待を裏切られるところまでがワンセットとしてゲームの手続きの中に含まれてしまう。

体験版をプレイして、なんだこのクソゲーは、と正直なところ思わないでもなかった。ジャンプはできない、山は登れない、解くべき謎もない。ハイラルの大地を生きる感動が、このゲームにはこれっぽっちも含まれていない。あるのは派手になった戦闘、ただそれだけ。

ところが子供たちはその派手な戦闘を無邪気に楽しんでいて、なるほどと思った。先入観なしに、全く別のゲームであることを受け入れられたらそこまで悪くない。おれ、戦うの好きだし。リモコンバクダンをゴブリンの巣にぶつけたら粉々になって壊れたときには笑ってしまった。技のつなぎ方で謎にかっこいい動きができることにも気付いてきた。

というわけで「あらかじめDL」済みだけど、まぁブレスオブザワイルドだから仕方なく買うみたいなのはあるよな〜。関連グッズを買う感覚。

Discord浸透中

最近Discordで会話することが増えてきた。Slack Callで事足りるじゃんと思っていたけど、実際に試してみるとノイズキャンセリングの具合がとても良くて、特に複数人で会話するときの体験の良さから徐々にDiscordが浸透してきている感じ。なんなら音声のチャンネルに常駐して、常に会話レディな状態にできるし、ときどき作業の様子をライブ配信したりするのも楽しい。

ただ音声チャンネルに入ると、Bluetoothヘッドホンの音が悪くなるという問題があって困っていた。具体的には、Spotifyで音楽を聴いていて、Discordで会話を始めようとした瞬間に音質が超下がる。これはBluetoothのマイクが使われると会話モード(低品質モード)になるのが原因のようで、音声入力をPCのスピーカーにしたら解決した。

たぶんぎっくり腰

眠いんだけど腰が痛すぎて寝れないので日誌でも書く。初めての経験なのでわからないけど、たぶんぎっくり腰というやつだと思う。

くしゃみをした拍子に、ビリっと腰に稲妻⚡️が走ってヤバいと思った。立っているのも辛いが座るのも無理。腰に手を当てて、ダメージの少ない背中の角度を探り、亀の歩みで椅子にたどり着く。なんとか腰掛けて、やや前傾でテーブルに肘をついて体重を支えてやるとだいぶ良くて、一旦落ち着けた。その後しばらくすると肘が痛くなってきて困ることになる。

今いるのはベッド。横になったはいいが、痛みだけでいうと椅子のほうがマシで、まったく寝れずにここにテキストを打ち込んでいる。

明日、仕事できるイメージが湧かない。

しかし、くしゃみの拍子にこんなことになるものだろうか。テレワークの影響もあるのかもしれない。

今も昔も

自分のTwitterの使い方は、今も昔も「気になり」をフォローしているだけで、結果的に情報ツールとしての側面はあるけど、それは2番目、3番目の使い方なんだよな。任天堂をフォローしているのも好きだからで、仮に内容が「お腹すいた」とかでも構わない。「誰が」が大事で「何を」には頓着しない。「気になり」が書いたことだから楽しめる、逆は滅多にない、という感じ。

昔は少なからずそういう感じが多くの人の中にあったと思うけど、今そんなこと言ってる人はいない。自分は変わらないが、周囲は変化していく。そういう時にどのように振る舞うか。Twitterに関しては引き続き好きに使っているだけだけど、合う合わないで言えばもはや合わないわけで、どうするか。まあ、普通はLINEとかで間に合っているんだろうと思う。

成長もの

成長もののストーリーは良い。才能ないやつが(あっても良いけど)、試行錯誤しながら自分なりの戦い方を見つけていくような話。ありふれているけど、勇気がもらえる。

昔は、それはもう、自分の才能のなさに愕然としたものである。誰も彼も、世界中で素敵なものが作られているのに、なぜ自分にはそれができないのか。

これは比較対象がおかしくて、このときの「誰も彼も」はつまり超一流のデザイナーたちであって、急にワールドクラスの仕事ができるわけがないのだけど、目に入ってくるのがそういうものだから仕方がない。本当は、界王様に会おうとすれば蛇の道を長い間ひた走る必要があるのだけど、デザインの仕事は一見して「自分にもできそう」と思えてしまうところがある。良くも悪くも。

覚えて欲しい

ここ数日、胃の調子が悪い。ストレスが胃に来るタイプで、過度なプレッシャーにさらされるとすぐに消化活動を止めてしまう。ピターッと。今回は日曜日に急にきたので、サザエさんシンドロームっぽかった。

単純な忙しさには強いんだが、忙しさに加えて背負っているものが大きい場合にこうなる。なんだかんだ、年イチくらいの頻度で胃が動かなくなっているような……。

責任が重いほどに面白い仕事なのは間違い無いんだけど、そろそろ体を労ることを覚えて欲しいと思う。まじにちょっと弱ってる感じがあるし。

出社してしまえば

仕事がたまりすぎていて、久々に休日出勤するかという感じになってきた。きついはきついんだけど、手を動かしていれば進捗する感じだから、気楽でもある。頑張ったら間に合うし。

やっぱり何かを作り始める時がいちばんプレッシャーあるよな〜。いろんなものを背負い込んで、ほんとにいいものができるのかと自問自答して、焦燥感しかない。

体力は順調に落ち続けていて、それでも出社してしまえばなんとかなるものだけど、メンタルはなかなか成長しない。なんで自信つかないんだろ。

意外と

ケガをさせてしまったが、そんなつもりは無かった。というときに、後から何を言ってもケガをしなかったことにはならない。メンタル面においても同様、胸に穴があいた事実が消えるわけではない。例えそれが、気遣いから発した言葉であったとしても。

みたいなことってごく当たり前じゃんと思う一方で、意外と共感してもらい辛いところでもある気がする。

数少ないことの

良い文章に出会うと、書きたくなる。そわそわして、何かないかと辺りを見回してしまう。日誌なんか全然続かないし、特段書くのが好きということはないはずだけど、この気持ちはどこから来るのだろう。不思議だ。デザインで同じようなことがあっただろうか。

何となしに「良い文章」と書いたけど、これ違いますね。正確には「好みの文章に出会うと、書きたくなる」。書き手の美意識のようなものが感じられる文章が好きで、これは自分で自分を理解している、数少ないことの一つ。なぜなら、誰も読んでないこんな日誌にも、美意識がいくらか込められているから。